東京高等裁判所 平成12年(行ケ)93号 判決 2000年11月15日
原告
株式会社エクサム
代表者代表取締役
【A】
被告
エス.アー.ジャンカセグレイン
代表者
【B】
訴訟代理人弁理士
【C】
同
【D】
同
【E】
同
【F】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が平成10年審判第35354号事件について平成12年1月14日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、別紙「本件商標」欄に表示の構成から成り、平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表の区分(以下「旧商品区分」という。)による第21類「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉及びその模造品、造花、化粧用具」を指定商品とする登録第2722556号商標(平成4年2月26日登録出願、平成9年7月25日設定登録、以下「本件商標」という。)の商標権者である。
被告は、平成10年7月31日、原告を被請求人として、本件商標登録の無効審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成10年審判第35354号事件として審理した上、平成12年1月14日、「登録第2722556号商標の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は同年2月29日原告に送達された。
2 審決の理由
審決は、別添審決書写し記載のとおり、下記(1)~(4)記載の商標(以下、これらの各商標を個別に表示するときは、(1)~(4)の番号に従って「引用商標(1)」等のようにいい、一括して表示するときは「引用商標」という。)を構成する競争馬とジョッキーをデザイン化した図形は、請求人(被告)がその取扱い商品に使用する商標として著名であるところ、これと本件商標の図形との異同の識別は難しく、本件商標をその指定商品に使用するときは、これに接する取引者、需要者は請求人(被告)又はこれと組織的、経済的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように、その商品の出所について混同を生ずるおそれがあるから、本件商標は、商標法4条1項15号に違反して登録されたものであり、同法46条1項1号により無効とすべきものとした。
(1) 登録第2062365号商標
構成 別紙「引用商標(1)」に表示のとおり
指定商品 旧商品区分第21類「装身具、ボタン類、かばん類、袋物、宝玉及びその模造品、造花、化粧用具」
登録出願日 昭和55年7月21日
設定登録日 昭和63年7月22日
(2) 登録第1938146号商標
構成 別紙「引用商標(2)」に表示のとおり
指定商品 旧商品区分第17類「被服(運動用特殊被服を除く)、布製見回品(他の類に属するものを除く)、寝具類(寝台を除く)」
登録出願日 昭和57年1月27日
設定登録日 昭和62年2月25日
(3) 登録第2422700号商標
構成 別紙「引用商標(3)」に表示のとおり
指定商品 上記(2)と同じ
登録出願日 昭和59年8月31日
設定登録日 平成4年6月30日
(4) 登録第2708566号商標
構成 別紙「引用商標(4)」に表示のとおり
指定商品 旧商品区分第22類「はき物(運動用特殊ぐつを除く)、かさ、つえ、これらの部品及び附属品」
登録出願日 昭和59年8月31日
設定登録日 平成7年7月31日
第3原告主張の審決取消事由
1 審決は、本件商標につき商標法4条1項15号該当性についての判断を誤った(取消事由)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(出所混同のおそれの判断の誤り)
(1) 審決は、本件商標の図形と引用商標の図形とは異同の識別が難しいとするが、両者の間には一見して次のような相違点が見いだされる。
すなわち、まず、騎乗者の部分において、本件商標の図形では、シルクハットをかぶり燕尾服を着装した紳士が、片方の手で自分の前に鞭を立てて持ち、背筋をまっすぐ伸ばし腰を馬の背に乗せて足を馬の腹の下方まで伸ばした姿勢で乗馬した姿が描かれているのに対し、引用商標の図形では、キャップをかぶって競馬用服装を着装した騎手が、上半身を前方に倒して両手で手綱をつかんで腰を浮かした姿勢で乗馬した姿が描かれている。次に、馬の部分において、本件商標の図形では、尾のなびきかた、手綱のゆるみ、騎乗者の姿勢等と歩様から諾足(トロット)を描いているのに対し、引用商標の図形では、短尾が後ろを向いていること、手綱の引っ張り、騎乗者の姿勢等から騎乗者疾走(ギャロップ)を描いたものと見られる。これらの差異が両者の識別に与える影響は少なくなく、両者の外観が類似しないのは明らかである上、図形部分は特定の称呼及び観念を生ずることはないから、相紛れるおそれはないというべきである。
(2) 次に、審決は、引用商標が高い著名性を有するとするが、被告提出の書証に照らしても、具体的な販売数量、引用商標の使用の有無等は不明であり、引用商標が著名性を獲得したとはいえない。また、商標法4条1項11号及び15号該当性の判断の基準時は、被告の主張するような登録出願時ではなく、査定時であると解すべきところ、本件商標の査定時である平成8年2月7日当時の著名性については、被告は何ら証明をしていない。
第4被告の反論
審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 本件商標と引用商標は、ともに騎手を乗せた馬が左向きに疾走している図形であると容易に理解され、これらから「馬と騎手」という観念が生ずるものである。また、両者は、馬が騎手を乗せて、前脚を前方に、後脚を後方にそれぞれ大きく伸ばして左向きに疾走している状態をシルエット状に表している点において、構成の軸を一にするものであり、これらを全体的に観察した場合、その外観から受ける印象は同一のものである。
原告は、特に馬に乗っている人物の姿に関して相違点を主張するが、両商標の中心になっているのはあくまでも馬であり、人間は馬よりもかなり小さく表されている。したがって、原告の主張する人物の姿の差異は、全体としては微少な差異にすぎず、両商標を全体として観察した場合、そのような微少な差異よりも、図の中心である馬の姿の共通性が強く認識されるものであり、時と所を異にして接するときは、両者の異同の識別は困難というべきである。
2 被告は、「LONGCHAMP」(ロンシャン)の文字及び引用商標である競争馬とジョッキーをデザイン化した図形を長年にわたり被告の商品に使用し、その商品は「ロンシャン」製品と呼ばれ、国内外の取引者、需要者に広く親しまれている。
被告の商品は、当初「ロンシャン・パイプ」で名声を博していたが、各種の皮革製品に進出し、その高い品質により高く評価されてきた。中でもワニ皮のデスクマットは有名で、故ドゴール大統領が当時の全閣僚のために発注したり、故ケネディ大統領がホワイトハウス入りしたとき(1960年1月20日)、【G】夫人がワニ皮のデスクマットを贈ったことは世界中に報道され、世界的著名ブランドとしての地位を確立する一助となった。
このような被告の製品は、日本においても、昭和39年の大阪国際見本市に出品されたことにより一躍有名となり、日本貿易振興会による「1992年輸入品(消費財)売れ筋動向」(乙第1号証)において、「セールスポイント:ロンシャンのマークに高級感がある」と紹介されている。
また、本件商標の出願前後に発行された数々の刊行物においても、被告の製品は、「競馬のマークのプリントで有名なロンシャン」(乙第2号証)、「パリのロンシャン競馬場にちなんで名づけられたブランドだけに、シンボルマークは“走る馬”です」(乙第3号証)、「マークの由来:ロンシャンの名称がフランスの著名な競馬場にちなんで名づけられたことから、ジョッキーをデザイン化したものを使用している」(乙第4号証)」、「疾走する競馬馬がシンボルマーク」(乙第8号証)などと紹介されており、これらの刊行物に掲載されているバッグ、ベルト、財布等の被告製品に、「ロンシャンのマーク」として、引用商標のとおりの図形が付されており、引用商標が被告の製品を表すものとして、被告の製品とともに取引者、需要者に広く知られるに至ったものである。そして、被告は、これらの図形が付された商品に付随した業務上の信用を保護するため、日本においても引用商標の設定登録を受けている。
以上のことから、引用商標は、本件商標の登録出願日である平成4年2月26日以前には、既に被告製品に使用される商標として、取引者、需要者に広く認識される周知著名なものとなるに至っており、また、そのような状態は現在まで継続している。
なお、指定商品に関しても、本件商標と引用商標(1)の指定商品は同一である。
そして、引用商標は模倣品が流通するほど著名な商標であり、その高い信用及び顧客吸引力が化体し、フリーライドされやすいという特性を有する著名商標を適切に保護し、模倣品を購入してしまうおそれがある需要者を保護する観点からも、その類似範囲は拡大して考えるべきである。そうすると、引用商標と類似した本件商標をその指定商品に使用した場合には、これに接する取引者、需要者において引用商標を想起し、これが被告又は被告と組織的、経済的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように誤認することが十分考えられる。
第5当裁判所の判断
1 引用商標の著名性について
(1) 本件商標の出願当時までの状況
乙第2~第5、第8、第13、第14、第15号証の1~7及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
昭和50年代から本件商標の出願当時(平成4年2月26日)までの間に発行されたファッション関係の有名ブランドを紹介する雑誌において、被告がその取扱い商品に係るブランド名としての「ロンシャン」及びその商標としての引用商標についての記事や広告が繰り返し掲載されており、その中で「競馬のマークのプリントで有名なロンシャン」(昭和52年10月鎌倉書房発行の「世界のファッション・アクセサリー」、乙第2号証)、「パリのロンシャン競馬場にちなんで名づけられたブランドだけに、シンボルマークは“走る馬”です」(昭和53年主婦と生活社発行の「別冊ジュノン世界の逸品百科事典」、乙第3号証)、「ロンシャンの名称がフランスの著名な競馬場にちなんで名付けられたことから、ジョッキーをデザイン化したものを使用している」(昭和57年3月サンケイマーケティング発行の「’82ザ・ブランド」、乙第4号証)等の記載があり、その中で紹介されている被告製品には、引用商標が使用されている。また、昭和55年9月ころには、ロンシャンの偽物の製造販売行為が摘発された旨の新聞記事が掲載され、その中で「競争馬のマークで人気のあるフランスの一流ブランド商品『ロンシャン』」(乙第15号証の3)などと記載されているほか、雑誌においても、「有名ブランドの宿命ともいえるニセモノの登場はこのロンシャンも例外でなく、各地で多くみつかっている」(昭和61年6月講談社発行の「世界の一流ブランド本物・ニセモノ大図鑑」、乙第13号証)などの記事が掲載されている。また、研究社発行の「英和商品名辞典」(平成3年初版第2刷、乙第8号証)にも、「Longchamp ロンシャン」の項目で「フランスのバッグ・革小物メーカー・・・疾走する競馬馬がシンボルマーク」と記述されている。
以上を総合すると、引用商標は、本件商標の出願当時までには、「ロンシャンのブランドないしその商品を示す走る馬のマーク」として、我が国の取引者、需要者の間で広く知られるとともに、きわめて強い顧客吸引力を有するに至っていたことが認められる。
(2) 本件商標の出願後、審決時までの状況
乙第1、第6、第7号証によれば、平成5年3月日本貿易振興会発行の「1992年輸入品(消費財)売れ筋動向」(乙第1号証)は、「売れ筋ブランド」としてロンシャンのボストンバッグを挙げ、「セールスポイント:ロンシャンのマークに高級感がある」と紹介しているほか、ファッション関係の雑誌である「世界の特選品情報」(平成6年10月世界文化社発行、乙第6号証)、「世界の一流品大図鑑(平成8年5月講談社発行、乙第7号証)においても、ロンシャンのブランドを一流ブランド品として紹介していることが認められる。
これに上記(1)の認定事実を併せ考えれば、上記(1)で認定した引用商標の著名性及び強い顧客吸引力は、本件商標の登録出願後、審決時においても継続していたものと認めるのが相当である。
2 商品の出所混同のおそれについて
本件商標を指定商品に使用した場合の商品の出所混同のおそれを判断する際の要素として、まず、本件商標の図形と引用商標の図形との類似性について判断する。
本件商標の図形と引用商標の図形を対比した場合、両者はともに、騎手を乗せた馬を横(左側)から見た姿をシルエット状に表示したものであり、馬が前脚をともに前方に、後脚をともに後方に伸ばした躍動感のある姿勢をとらえている点で、その基本的な構成を共通にするということができる上、輪郭線の図形化の手法(例えば、たてがみをどの程度リアルに描き込むか、省略するか等の取捨選択)も類似しており、特に、比較的目につき易い馬の足の形態は酷似している。他方、差異点として、騎手については、①本件商標では背筋を伸ばした姿勢で上体が立っているのに対し、引用商標では腰を浮かした前傾姿勢がとられていること、②本件商標の騎手は鞭を手に持っているのに対し、引用商標ではこれがないこと、③本件商標は側面視台形状の帽子であるのに対し、引用商標では前方につばのある帽子であること、④本件商標の騎手は腰部から後方に突き出した突起があるのに対し、引用商標ではこれがないこと、また、馬に関しても、⑤本件商標と比較して、引用商標の馬の方が頭部を前方に伸ばし、前脚と後脚の開き方も大きいこと、⑥馬の尾の長さが引用商標の方が短いことを挙げることができる。
以上の共通点、差異点を踏まえて、両者を全体として観察するに、上記差異点のうち、①(騎手の姿勢の相違)と②(鞭の有無)については、確かに、本件商標と引用商標を同時に見比べた場合には、比較的容易に看取、識別することができるといい得るが、本件商標及び引用商標に接した取引者、需要者の注意をひくのは、その大きさからしても、まず馬の部分であると解され、騎手の部分は相対的に比重が小さいと考えられる。そして、上記①、②の差異点も、あくまでも前述のような基本的な構成の共通点を前提とした上での差異にすぎないものであって、騎手を乗せた馬が左向きに疾走している姿をシルエット状にとらえている点、その図形化の手法の類似性を踏まえると、時と場所を異にして接した場合には、全体から受ける印象がよく似たものとなることは避けられず、異同の識別は困難になるというべきである。そして、上記③~⑥の差異点については、基本的な構成における共通点に埋没してしまう程度の軽微な差異にすぎないものと解される。
以上に加えて、前述のとおり、本件商標の出願当時及び審決当時において、本件商標の図形が「ロンシャンのシンボルマークである走る馬の図形」として、取引者、需要者に著名であって、偽物が出回り、本物との見分け方に関する記事が雑誌に掲載されるほどきわめて強い顧客吸引力を有していたこと、本件商標の指定商品は、いずれもファッション関係という意味で引用商標の指定商品と関連性があり、特に引用商標(1)の指定商品とは一言一句まで同一であること等を総合すると、本件商標をその指定商品に用いた場合には、これに接する取引者、需要者は、騎手を乗せて疾走する馬をシルエット状に表示したその図形から、ロンシャンのマークとして著名な引用商標を想起し、被告又は被告と何らかの関係を有する者の業務に係る商品であるかのように、その出所について混同を生ずるおそれがあるというべきであり、このことは、本件商標の出願当時も、審決当時も事情は異ならないと解される。
したがって、本件商標は商標法4条1項15号に違反して登録されたものであるとした審決の判断に誤りはない。
3 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 石原直樹 裁判官 宮坂昌利)
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